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筆者は仕事柄、中小企業やベンチャー企業経営者から、しばしばこんな話を聞かされる。 「採ってはみたけれど、大企業出身者は使えないことが多い」 実際、大企業を早期退職した中高年が再就職で苦労しているという報道も目にすることがある。
ただ、もともと採用時点でのポテンシャルという点では、大手企業に採用された人材は平均以上であった可能性が高い。にもかかわらず、上記のような評価がささやかれる理由とは何だろうか。
モチベーションの罠
筆者は、人材の能力には確かに個人差があるものの、実際に現場に放り込んでどれだけ活躍できるかを決めるのは“モチベーション”だと考えている。そういう意味では、最も重要な素養は学歴でもTOEICスコアでもなく、その人の現在のモチベーションと言ってもいいだろう。
実は、大企業から中小企業に転職する人間の中には、このモチベーションがかなり減退してしまっている人が少なくない。例えば、やむを得ず退職したものの思うような転職先が見つからず、仕方なく小さな会社に入社したという人間に、前職と同じモチベーションを維持しろというのは酷な話だろう。面接では上手く話を合わせても、1ヵ月、2ヵ月と経つうちに必ずボロが出るものだ。
フォローしておくと、前職より小さな組織や処遇の落ちるポストに移る際に、そうしたモチベーションの低下を感じるのは人として当たり前の反応だ。大事なのはそこからのリカバリーである。だからいっぺんボロボロになるまで落ちるといい。
「なんだお前、大手企業出身なのにこんなこともできないのか」とけなされても、懸命に壁を乗り越えれば「やっぱり大手出身者は覚えが早いな」と評価は変わっているはず。その時には前職への未練は消え、新たなモチベーションが芽生えているに違いない。カルチャーの異なる職場に馴染むというのはそういうことだ。
大企業と中小企業のギャップ
もう1つ、大企業出身者への低評価の理由として見過ごせないものがある。それは業務に取り組む姿勢である。
ある程度の規模の企業であれば、組織内で分業体制が確立され、個人の役割はあらかた決まっているものだ。その中では与えられた担当業務をきっちりこなす処理能力はもちろんのこと、業務の住み分けを守るという協調性も重視される。
一方、これが小さな組織だとそもそも住み分け自体が曖昧なケースも多く、与えられる前に自分で動いて業務を取ってくるくらいのスタンスでないと評価されないケースが多々ある。
筆者の経験上、大企業や官公庁出身者には、こうした姿勢に欠ける人材が少なくないように思う。指示待ち人間だとかやる気がないということではなく、お利口さんぶって控えめにしすぎるということだ。
まとめると、転職に伴い低下したモチベーションのリカバリーにてこずっている点。組織人として自分の周囲のことにしか関心を持たない点。これらが、大企業出身者の評価が低いとされる向きの原因と考えられる。そして、それらは原因をしっかり認識して意識的に取り組めば、決して突破困難なハードルではないということだ。
企業の規模に関わらず、必要とされる人材とは
最後に、筆者の知人であり、尊敬する人事マンA氏の話をしよう。A氏は中小企業の総務部員として5年ほど働いた後で、大企業の人事部に転職した叩き上げだが、転職当初はあまりの“ぬるさ”に驚いたという。
前職では「総務=誰が担当か分からない仕事がぜんぶ降ってくる部署」だったため、入退職手続きから給与・社会保険料計算、備品購入から予算案作成まであらゆる業務を(誰も教えてくれないから半ば独学で)こなしていたが、転職後はごく限られた業務のみを担当する日々だったそうだ。彼だけではなく周囲も皆そんな姿勢で、ともすれば新しい業務や課題は皆で押し付け合う風潮すらあったという。
叩き上げのA氏はそうした“ぬるさ”が我慢できず、自分で勝手に仕事を取ってきてはこなす日々だったが、そういうスタンドプレーはやがて周囲と軋轢を生んだ。ある宴会で、A氏は同僚から「あなたは会社より自分のキャリアの方が大事なんでしょ」と聞かれたそうだ。
それに対しA氏はこう答えた。「そりゃそうでしょう。世の中には自分が大事と思いつつ、だからこそ会社のためにも頑張れる人と、会社が大事っていうのを言い訳に何もしない人しかいませんから。むろん私は前者です。」
さて、A氏のその後が心配な読者も多そうだが、今では生え抜きを差し置いて人事課長に昇格し、辣腕を振るう日々である。大企業にとっても「お利口すぎる組織人の殻を打ち破れる人材」は喉から手が出るほど欲しいということだ。
今回のポイント
- 大企業出身者の評価が低いと言われる背景には、転職に伴いモチベーションを一時的にロストしている、組織人として自分の周囲のことにしか関心を払わない習慣があるといった理由がある。
- 転職に伴うモチベーションの低下や周囲との関わり方など大企業出身者が使えないとされる原因は、意識的に改善に取り組むことで十分克服可能である。
- 大企業からしても、既存のスタイルやビジネスモデルを打破してくれるような刺激的な人材は喉から手が出るほど欲しいものだ。
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城 繁幸(じょう しげゆき)
人事コンサルティング「Joe’s Labo」代表取締役。1973年生まれ。東京大学法学部卒業後、富士通入社。2004年独立。
人事制度、採用等の各種雇用問題において、「若者の視点」を取り入れたユニークな意見を各種メディアで発信中。代表作『若者はなぜ3年で辞めるのか?』、『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』、『7割は課長にさえなれません
終身雇用の幻想』、終身雇用プロ野球チームを描いた小説『それゆけ!連合ユニオンズ』等。